人が創り出した物、建造物ですら
立て付けやバランスが悪ければガタが来ていずれ壊れる。
自然界が生み出すものはさらにその精度は緻密。
ましてや神が作り賜うた我々人間は、
完璧な迄のバランスで作られていると考えた方が自然であると思いませんか?
身体の機能もさることながら、
人生の中には愛と感謝の良き人として存在するための自動教育システムが働いていて、
常にバランスを保つための出来事との遭遇やそこから得られる気づきがある。
僕の52年の人生を振り返るとき、出れば打たれ、凹めば救われ、悪しき習慣に染まれば、
それをぶち壊す為の強烈な行動を強いられる。なんだかそんな事の連続…。
心についても当然、バランスが保たれていて、
誰もがポジな性格や感情とネガな性格や感情をバランス良く持っている。
ポジがあるからネガが存在し、ネガがあるからポジの存在が理解出来、ポジに光が当たる。
だから自分がポジだとかネガだとかジャッジする必要も無く、
人は皆それが対でバランスが保たれていると考えるべきだと僕は考えます。
バランスですから当然次の高いステージに上がる為にはその代価が必要で、
ポジ←→ネガな感情や性格とまた別に、
当然のごとく襲いかかってくる様々な抵抗や困難に対するポジティブな意味付け、
そして成就の完璧なイメージとなるポジティブシンキングが必要で、
結果と同等の代価の構成要素としてバランスが保たれていると僕は考えています。
僕らはそんな完璧な世界に完璧な状態で生かされていると考えたならば、
この宇宙の掟の素晴らしさ、自分の存在そのものに感謝が生まれ、愛となり得る気がします。
松尾浩孝
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